毎日連載中|夫婦世界一周エッセイ

世界一周旅行10日目。世界一周ってなんだろう。

世界一周から10日が経った。

僕たちが予定している旅程では、15分の1が終了したことになる。

9年思い描いた時間を過ごしている毎日は、まるで波乗りのよう。

仕事をしていた時の僕とも、大学の時の僕ともちがう、また新しい自分に出会えたみたいだ。

ぷかぷかと浮きながら暮らしている。

・・・

世界一周に憧れていた自分がいた。

その自分を背にした僕が、世界一周とはなんなのかを考えることが大切な気がして、ペンを進めることにした。

「世界一周旅行とは虚構だ」と教えてくれたのは、就活で訪問した代理店の会社員だったか。

父の友人の紹介で会ったその人のことは、会ったことを後悔するくらい苦手な人だったという記憶しかないが、世界一周をする大学生について語っていた言葉だけはやけに鮮明に覚えていた。

「世界一周をしてうちに就活してくる人間はごまんといるが、世界一周を糧にできる人は少ないんだよ。」

世界一周に憧れる一人の人間としては、その時あの人が何を言わんとしていたのかはわからなかった。

でも、今世界一周をしている自分には、それがなんとなくわかる気がする。

 

・・・

 

旅行にはなにがあるのだろう。

旅先にあるのは、ただの知らない世界だ。そこに出向き、飯を食べ、寝る。

行動自体は普段の生活から逸脱しているものではない。

ことさら僕がやっているような貧乏旅行では、普段の生活よりも更に節制に励んでいるのだから、さらに日常とさほど変わらない。

それでも、旅行には僕を惹きつけて病まない何かがある。

それは、自分とはなんたるかを知る、ということ。

 

・・・

 

旅行では否応無しに、どちらが正解かわからない局面に何度も遭遇する。

その時に自分の頭が普段の生活では考えられないような回転で回る。

何が正解か。僕はどうしたいか。どうすればできるか。

解の無い答えに一手を見出し、えいやっと行動した時、自分の殻が一枚剥けたような気がする。

旅の持つ一番の力はそこにある。

でも…、人は慣れる。

「この前これをすれば上手くいったから次は大丈夫。」

そんな、人間の本能としては大正解な行動が、旅では逆効果になってしまう。

旅という特殊な環境にいるからこそ発揮される自分の本質的な力が、慣れに安住することで日常と変わらないものになってしまうのだ。

 

・・・

 

旅して10日。

土地に慣れ、英語に慣れ、旅という特殊な環境に慣れ始めている自分がいる。

世界一周を糧にする生活を150日完遂することの難しさを肌で感じる。

でも、僕たちの旅には大きなテーマがある。

それは、紙を作るということ。

異国の地で紙の素材を探し求め、適切なタイミングでカメラを回し、少ない時間で映像を完成させるという旅を続ける。

その中には必ず慣れの入る隙間が無い「究極の選択」に遭遇し続ける。

最初の10日間で生み出した2枚の紙を抱えて、新しい境地へと飛び出していこう。

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