毎日連載中|夫婦世界一周エッセイ

うーちゃんの49日。

僕とフウロはハワイ島から朝一番に飛び立つ飛行機に乗るべく、キャプテンクックの宿から車を走らせた。

朝2時のハワイ島は、道路でさえも眠っているかのように静かだった。

街灯のないその道をハイライトにすると、真っ暗な道が少しだけ明るくなり、反射板がこの先の道筋を照らしてくれた。

もう行き先はないように見える道を走りきると、また向こうの方に、ポッ、ポッ、と光が生まれる。

火山石が転がっている大地も、緑がうっそうとしていた林も、この世界から消えてしまったかのように、あるのは闇と光だけ。

迷うことはない。

光の指す方向に進めば、僕たちは空港に着く。

無理やり起こした体は、どこか他人の体のようなふわふわした感覚があった。

光を頼りに、感覚のない体を置いてその先へ進んでいく。

あの道筋は、49日体験の時に歩いた死後の世界に、とてもよく似ていた。

 

・・・

 

2019年1月7日は、うーちゃんの49日だった。

僕が花火工房での仕事をスタートしたその日と重なった。

2011年。僕は生き、あの人は死んだあの日も、1月7日だった。

僕にとって1月7日は、生きていること、生かされていることを教えてもらう日なのかもしれない。

もう、うーちゃんのことを思い出してぽろぽろと涙が出たり、塞ぎ込むようなことはなくなった。

でも、自分の心のどこかが、うーちゃんのことを“つとめてあかるく”話そうとしていることには気が付いている。

一度押されたら戻れなくなりそうなそのスイッチを、僕は毎日毎日、いろんな場所に隠しながら、僕でさえも見つけられなくなれば良いのにと思っている。

 

・・・

 

フウロと、僕たちはアヒルを愛したのではなかったねと話し合った。

僕たちはうーちゃんを愛したのだ。

だから、うーちゃんがもし、植物でも、他の鳥でも、人だったとしても、僕たちはきっと愛していたのだ。

大切な友は、僕たちのうーちゃんという存在を、大切な人と同じように扱ってくれた。

色んな人からお花を手向けられ、お経もあげてもらい、うーちゃんは僕たちのうーちゃんではなく、色んな人にとってのうーちゃんだったのだなと思う。

だからわかっている。

大切すぎる存在には、替わりがきかないこと。

暖かい春が来て、もし我が家に新しいあひるが家にやってきたとしても、それがどんなに可愛い子だったとしても、そこにうーちゃんを求めてはいけない。

替わりがきかないからこそ、そこに愛が生まれ、価値が生まれる。

そういうことは世界一周の道のりで染みるほどに実感したことだ。

でも、実感していれば痛みを伴わないなんてことはない。

まるで、その痛みにこそ意味があるように、その事実は僕の心をぎゅっと痛くする。

もう二度と会えない可能性がある。という経験は誰にでも平等に存在しているのに、僕たちの頭は、健康で幸せな今が奇跡であることをしばしば忘れさせる。

 

・・・

 

ドアを開けると、うーちゃんの羽毛がふわっと舞うことがある。

今や大事なうーちゃんの一部。大切にすくい取って、仏壇にお供えする。

車にも時々うーちゃんはいて、ダッシュボードにためておく。

人は気が付けない生き物。気が付いてからの所作は誰に向けてしているんだろう。

これはうーちゃんのためか、自分のためか。

自分の思い出の中のうーちゃんを愛するためなのか。

 

・・・

 

心のもやもやが取れなくて、フウロに本を読んでもらうことにした。

目をつむり、ごろんと横になって、フウロの声を浴びる。

目で追うよりもリアルに自然に、言葉が染みていく。

「えいや!っと飛び出すあの一瞬を愛してる」という名前のその本を書いた女性もまた、もうこの世にいない。

しかし、2002年に紡がれた彼女の大学生活の端々は今も水々しく、今死んだように生きている人よりもずっと生を感じる。

間違っていたっていいから、まっすぐ生きていたいなと思う。

ただ全力でそこに生きていることだけが大事なのに、どうして僕たちはそんな当たり前のことに気付けず、脇道に逸れてしまうのだろう。

ふっと僕の近くに現れて、素直で、元気な眼差しで、生きることにまっすぐな気持ちにさせてほしい。

くちばしで一生消えないくらいの痕をつけて欲しい。

でもそんなことはできないから、今僕は僕のできることを。

いつかまたうーちゃんに会ったときのために、今日も僕は考えて、書いて、僕らしく生きようと思う。

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