僕がどんとの存在を知ったのは、2009年のこと。
長野県上高地で山小屋の住み込みバイトをしていたときのことだった。
「草作くんはどんな曲を聴くの?」
山小屋の先輩に言われて、確かZAZEN BOYSを紹介した気がする。
あとは友達がやっていたバンドの映像を見せたりとか。騒々しいというようなことを言われたような記憶もある。
代わりに先輩に教えてもらったのは、どんと、という名前のアーティストだった。
我慢して聴いていたけれど、あの時はちっとも心に響かなかった。
うるさい音を聴きまくっていた僕の耳には、どんとのピースフルな声はなんだか軽く聴こえたのだ。
・・・
フウロと付き合ったきっかけは、音楽の趣味が合ったからだった。
大学で自分が聴いていたような曲を知っている人がそもそも少なかったこともあって、はじめて会った時にいろんなアーティストの話をした。
強烈な印象だった。
そんなフウロが「一番好き」と言っていたのがBO GUMBOSというバンドだった。
お酒を飲みながら、トンネル抜けてと夢の中を聴かせてもらったと思う。
その時も、このバンドの魅力は分からなかった。
多分あの時はアーティストよりもなによりも、フウロに夢中でそんなこと考える余裕がなかったからだと思う。
大学2年の時だったと思う。
夜中にYoutubeの中をさまよっていると、不意にBO GUMBOSを聴いてみようと思い立った。
目が開いたようにこのバンドの魅力に気が付いた。
軽い調子で彼の歌う言葉には、強いメッセージがあった。
夢中でいろんな動画を観た。
夢の中、泥んこ道を二人で、魚ごっこ、Sleepin’。
ボーカルは京大卒のどんとという人であること。
どんとは37歳の若さでこの世を去り、もうBO GUMBOSは無いということ。
彼の息子は僕と同い年であることを知った。
そして同時に、このボーカルが山小屋で教えてもらったアーティストと同じであることに気が付いた。
なんだか不思議な縁を感じた。
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大学時代、僕とフウロは、事あるごとにニューオリンズでガンボスープを飲んでみたいね、という話をしていた。
ガンボスープはニューオリンズのケイジャン料理。
オクラでとろみをつけた魚介ベースのスパイシーなスープだ。
BO GUMBOSのGUMBOとは、そのガンボから取られていることもあり、謂れもある。
いつかそのスープを本場に飲みに行きたい。という話は、大学時代の僕たちにとって、未来を現すきらびやかな夢そのものだった。
きっとガンボスープ自体を飲むことは、日本だって叶えようと思えば叶う夢だ。
でも、実際にそこに行って飲むからこそ、意味がある。
ガンボスープを飲みに行けるような、意味の無いことに本気になれる大人になりたかったのだ。
それこそが人生の意味だと信じていたからだ。
・・・
ボロボロの壁と暗い照明。廊下続きになっている外からばしゃばしゃと激しい雨音が聞こえている。
フレンチクォーターの中心街にあるガンボスープのメッカのレストランで、二人で一つのガンボスープを頼んだ。
茶色いとろみのあるスープはイメージそのもの。
でも、味はとても複雑で、醤油でもコンソメでも出ないような深みがあった。
思ったよりもスパイシーではなく、「ケイジャンにとっての味噌汁のようなもの」という形容も納得できる、飽きのこない素朴な味わいだった。
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ガンボスープをすすりながら、フウロと僕が過ごしてきた月日のことを思った。
フウロとBO GUMBOSと出会ったタイミングは一緒だ。
付き合って、結婚して、いつかできたら…と思うことを一緒に実現できるだけの時間を過ごしてきたんだ。
「夢の中。So predious.Down in New orleans」
文章をつむぎながらどんとの歌声を聴いていると、彼が歌いたかったことがなんとなくわかるような気がした。
二人でここまで来る道のりこそが、夢そのものだったんだなと。