毎日連載中|夫婦世界一周エッセイ

サハラ砂漠に宴が舞う

カサブランカから来たモロッコ人は、メルズーガに来るのは初めてだと言った。

モロッコ人にとっても、メルズーガ:サハラ砂漠というのは別世界なのだそうだ。

彼らはとにかく陽気だった。

どこからどこまでが友達なのかわからない隊列を組み、数分もすれば彼らはもうすでに親友のようなテンポで対角線上に会話を始めるのだ。

あっという間に賑やかな酒場の様相になった。

それでいて彼らは、甘くてミントの香りが口いっぱいに広がるミントティーを一杯飲んだだけだけなのだ。

「これが俺らのウィスキーさ!」

とみんなでゲラゲラと笑う。

みんなは日本のことが大好きらしい。

覚えている言葉や観たことのあるマンガ、アニメを並べてあれだ!それだ!と賑やかだ。

「ナルホドネ〜」

唐突に流暢な日本語がアラビアン女性から発されて目を丸くする。

彼らの日本語は下手すると日本人よりも日本語の発音がうまい。

 

・・・

 

ここは、サハラ砂漠にぽつりと設置させたキャンプ地。

僕たちはラクダに2時間揺られて、ここにやってきた。

一面に広がるのは、絵の具で描いたようなマットな空色に、シルクのように滑らかなオレンジ色の砂漠。

自分を絵の中に閉じ込めたような不思議な世界が延々と続いている。

キャンプ地に到着して自己紹介を兼ねたお茶会と夕食を終えると、かがり火に焚かれ、太鼓が揃い、宴が始まった。

ある男が前に出て、一拍子を独唱すると、それに続いて10人のモロカンが声を合わせて熱唱する。

一曲歌い終わらないうちに、今度は別の女性が被せるように別の歌を口ずさむと、「それきたか!」とまた盛り上がり、いつの間にか前の曲は止み、別の曲が始まる。

火が収まればススキのような薪を手で折り火にくべる。

乾燥した薪はよく燃え、砂漠に吹く風にまかれて大きな火をあげる。

大きな火が立ちのぼればみんなで歓声をあげ、火の元に素早く手を差し出したり、猛者になると赤々と熱された熾火を素手で触る者までいる。

太鼓はひったくるように色んな人の手に渡り、しかし誰もがさもあたり前かのように上手にリズムを奏でる。

酒もつまみもなし。

スマホを手にする者も一人もいない。

ただただ焚き火を囲みながら、延々と歌い踊るのだ。

 

・・・

 

いつの間にかフウロがモロッコ男性と一緒に踊っている。

砂に足をとられる砂漠で踊るのは、ライブ会場で踊るのとはまるで別だ。

3曲ばかり踊って帰ってきたフウロは「信じられないほど疲れた…」と言って肩で息をしていた。

十八番を通り越して100曲くらい歌ったんじゃないかと思うほど、歌と踊りが続く。

ふいに太鼓をもらうと、モロッコ人たちが「日本の歌を歌ってくれ」と僕たちにせがんだ。

聞くと、僕が席を外していたちょっとの間に、フウロはすでにせがまれて3曲も歌ったらしい。

「トトロのさんぽで合唱しながら踊り狂うモロッコ人を見て欲しかったよ」

もうジブリのレパートリーはない。

いざ何かを歌おうと思うと歌詞が出てこなくて、なかなか歌い出せないものだ。

僕が太鼓を持っていたのでリズム隊。

フウロが歌うことになり、チョイスしたのは宇多田ヒカルのファーストラブだった。

みんなジャンプやジブリは知っているけれど、さすがの宇多田ヒカルでも一人として知るものはいなかった。

それでも、初恋の歌だと説明すると、フウロの歌声と日本語を聞き入っているようだった。

短くしたファーストラブが終わると、やんややんやと歓声が飛んだ。

お決まりのアンコールが出て、今度は宇多田ヒカルの「あなた」を歌い、火の粉が僕にも飛んできて、僕はBO GUMBOSのトンネル抜けてを歌った。

僕の歌はへたっぴだったけれど、サハラ砂漠の真ん中でモロッコ人に歌ったんだから、どんとだって許してくれるに違いない。

 

・・・

 

彼女らが日本のアニメを見たり、他の国の言語を学んでいる時間に、僕たちは何をして時間を使っているのだろう。

文明が発達して、彼らは日本のアニメを簡単に見ることができるようになった。

そんな時代でも、僕はモロッコのドラゴンボールもトトロも宇多田ヒカルも知らない。

日本はとってもも小さな国だ。

でも、どの国に行っても日本のことはよく知られていて、みんなが色んな知識を披露してくれる。

きっとそれは実力以上に運も色々あったのだろう。

だが、たとえ面積が小さくとも、世界に向かって発信することができる。ということがよくわかる。

僕はこれから花火職人を目指し、フウロは和紙作家としての活動を本格的に始める。

サハラ砂漠のど真ん中で尺玉を打ち上げたらどう見えるだろうか。

空気の澄んだこんな場所で打ち上がる花火はさぞ素晴らしいだろうな。

幾重にも重なる砂の山々を見ながら。

「日本の花火や和紙が好き。」

ここにいるモロッコ人がそんなことを僕たちに言ってくれたらどんなに嬉しいか。

そんなことを考える。

・・・

 

サハラ砂漠には猛毒のサソリがいる。

モロッコ人はみなすずしい顔で、「今は涼しいから大丈夫」と口にするが、大丈夫は大丈夫じゃないということを僕たちはスリランカで身をもって知っていた。

サソリはいるし、砂漠は未知なのだ。

宴はとうに終わり、遠くのテントでいびきが聞こえる。

時折吹きつける風でテントがカサカサと音を立てるたびにビクッと起きながら、不安で眠れない夜をやりすごす。

昼間にベルベルピザを食べさせてくれた家族の顔が浮かぶ。

彼らが住んでいたテントは、流木のような木々を紐で縛り、屋根に泥を乗せて重石をした簡素な作りだった。

彼らの家に比べてこのテントは、壁は分厚く、密閉性はベルベル人のテントよりはずっと高い。

それでも、ベッドにはオレンジ色の怪しげなクモやハサミムシが出てきて肝を冷やす。

砂漠のまんなかは、海の沖のようなものだなと思う。

下になにがいるかわからない怖さ。昼と夜とでは全く違う表情を見せる。

どちらも圧倒的で、人間のちっぽけさを教えてくれる。

屋根と壁がある家があること。

そのありがたさを覚えていたなと思っていた。

 

・・・

 

6時間、意識があるともないとも言える浮遊したような時間が過ぎ、朝6時にフウロと二人で丘に上がった。

月の真下から徐々に明るくなっていく光の先をフウロと二人で見据えていた。

美しい時間だった。

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