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それ、はいつおとずれるのか。

僕が夫婦になったことを実感したのは、婚姻届を出した瞬間でも妻の薬指に赤い糸を通したときでもなく、結婚から4ヶ月後に行った披露宴が終わったあとだった。

運や縁が重なって、盛況のうちに幕を下ろした夫婦初の共同作業を終えた夜、僕と妻の家族は自然発生的に一つの円になって、それぞれが一言ずつ想いを喋った。

記憶の改ざんかもしれないが、みんなで組み合っていたような気もする。そのとき義父が見せた顔を見た瞬間、唐突にその時は訪れた。強烈に夫婦というつながりを感じたのだ。

30代という節目を過ぎて2日経過するが、未だに「それ」は訪れていない。

気持ちが20代に残っている感じも別にしないが、自分が30代たらしめる気持ちや仕草を身に着けているわけでもなく。ただ純粋に悶々モヤモヤとしながら、こうしてキーボードを叩いている。

思えば、自分は節目節目をその瞬間に味わえるタイプではなかった。

10代、20代、2000年。どの記憶も曖昧で、特筆すべき思い出が見当たらない。20代なんて、20後半になってから多用するようになったくらいだ。30であることに慣れるのは、折り返しに差し掛かったあたりなのかもしれない。

30になったからあれをはじめよう、これをやめようという内容も、これといって思いつかなかった。あるとすれば、平穏無事、中庸、安定、家族、あひる。

ないものをねだるよりも、今あるものを愛でて、育てて、少しでいいから大きくしたい。願望がないわけではないが、20代の頃ほとばしっていた「渇き」に近い欲望は、ここのところすっかり居留守ぎみだ。なくなっているはずはなかろうに、どこを引っ張り出せば出てくるのか、引き出しの取っ手が見つからない。

ただ一つ言えるのは、答えを出すスピードがゆるやかになったということ。

今までのようなスピードで、物事の所在をめまぐるしく変えるのではなく、決めた土台を耕し、設営して、成長するまで見守る。そのスピードのゆるやかさを求めていること自体が、30代になった証なのかも。

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