ととのいました|エッセイ

目を閉じて温かい岩盤に寝転び、右側から照りつける太陽の存在を感じていると、その瞬間は唐突にやってきた。

もやんもやんと脳が揺れたかと思うと、光源が右側から真上に変わったかのように視界がクリーム色に溶けていった。

口角が上がるのを抑えられない。へらへらと笑い出してしまうのが恥ずかしくて、他の人から顔が見えないように、少しだけ顔を傾ける。

ぐふふ、ぐふふ、と笑みが一向に止まらない。

「恍惚」とはまさにこのことか。

すみませんでした、今まで見かけたサウナーたち。

きっとあの人達にしか分からないニッチな世界があって、僕には関係がない世界だと。なんなら少しだけ小馬鹿にしていた。ととのうだなんて?そんなのきっとまやかしだ。流行によって作り出された虚像に違いないと。

でも今、僕の身におきているこの状況に異論は一切なかった。

ととのう、は素晴らしい。


181センチ。62キロ。体重はコロナで1キロ太ったけれど、高校時代から特段変わらない。典型的な長身痩せ型体型の僕は、ご多分に漏れず貧血体質でもあった。

風呂は大好きだけど、ちょっとでも長風呂しようものなら途端にのぼせてしまう。風呂から出る時はそろりそろりと。少しでも視界が曇るようならしゃがみ、視界が戻るまで待機する。

そんなことを日課にしている僕からすれば「サウナ」は異世界の趣味そのものだった。

風呂でのぼせるくせにサウナだと。さらに腹痛持ちが水風呂なぞ笑止千万!と思っていた僕がサウナを笑い飛ばせなくなったのは、自由大学の先生がサウナ好きだったのと、タナカカツキ氏のサ道のドラマを観たからだった。

もともと「ナチュラルハイ」には興味があって、酒は好きだし、フェスにも沢山行ったし、砂漠でご来光も見たし、断食もやった。

ガンガン盛り上がるハイもあれば、静謐なサイレントハイも存在する。

サウナの「ととのう」がノイジーハイ、サイレントハイなのか?そもそもハイなのか?試してみる価値はある。というのは建前で、サウナに入れないことがなんだかかっこ悪くて、克服したかったのだ、たぶん。


むせ返るような水蒸気のなか、ほのかに薬草の匂いが立ち込める室内。今日はよもぎを使ったスチームサウナだそう。

できるだけキョロキョロとせず、玄人でもまるきりの初心者でもない素振りを見せながら、さも当たり前かのように石造りの椅子に腰掛ける。目が慣れると座るまでに一度椅子を水で洗い流すように但し書きがあった。まるきし初心者じゃないか。

気温は40度から50度の間。ドライサウナの平均気温は80度から100度と聞く。思ったよりもずっと室温は低いが、その分圧倒的な湿度のせいか、息するのも苦しいほどの熱風に襲われる。苦しいが、我慢できないほどでもない。

座って一分もしないうちに、玉汗が浮き上がってきた。ゆっくりを息を吸い、細く長く息を吐くと同時に、体中から汗がじゅわっと押し出される。

サウナで暑さ・苦しさを感じるのは最初だけなのかもしれない。時間が経つにつれ体を伝う汗の量に楽しくなり、時間間隔も忘れて呼吸に一心不乱になった。まさに全集中の呼吸。意味は全然違うけど。

10分経ってサウナから出る。ゆっくりと立ち上がると、めまいもせず問題なし。びっちゃびちゃの体が外気にふれると、もうすでに心地良い。でも休む前にしなければいけない事がある。水風呂だ。

正直なところ、サウナよりも厄介だと思っていたのが水風呂だった。心臓が止まるのではないかという不安。お腹がゆるくなる不安。寒すぎやしないかという不安。不安のフルコース、まさに全集中の不安だ。

サウナーが口を酸っぱくして指摘する「かけ湯」をして、全身の汗を落とし、水風呂の前に立つ。水でもかけ湯をすべきか。いきなり入るべきか。

かけ湯することで体が冷えることが怖くなり、直接水風呂に足を踏み入れてみる。下半身はOK。問題は上半身だ。意を決して胸を水に浸すと、案の定心臓が暴れだした。

ドンドンドンドン、と、開けてください!と言わんばかりの鼓動音だ。脳の血管が収縮して、顔が小さくなったような気分になる。自ずと呼吸が浅くなり、フッフッフッと息を小刻みにしているのがわかる。

どうやら心臓発作で死にはしなそうだ。でもこのままでは寒さで死ぬ。

何秒が適切化はわからず、水風呂は45秒で退散。出てみるとガタガタ震えるほどの寒さはなく、体の芯はまだ暖かさが残っているのが分かる。

視界はストラクチャをがっつり効かせた写真のように輪郭がクリアで、すべての音は明確に聞こえているのに、どこか静か。水風呂が寒いのには間違いないけれど、みんなが水風呂を推す理由がなんとなく分かる気がした。

岩盤エリアは、岩盤に40度を超える温水がひたひたと流れていて、体が冷えない作りになっている。すでにイモムシのように寝転がっているメンズに交じる形で横たえ、目を閉じた。

いろんなしがらみや、身体のそれぞれの感覚が、糸がほどけるように解放されていく。肌の水分が蒸発し、太陽の光が肌を温め始めたと同時に、「ととのう」は訪れた。

今回は2クール試してみたが、「ととのった」と実感できたのは最初だけだった。狙いすぎてもいかん。これはスポーツでも試験でも同じ。本番は無心で挑むべし。だ。

この先、僕はととのうことが一生ないのかもしれないし、これがスタートなのかもしれない。

それでも僕はこれから先、胸を張って生きていける。ととのったことよりも、ちゃんとサウナを楽しめる男になれたことに対して。

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