《ものづくり夫婦学》noteはじめました

【イベントに登壇します。】 日本経済新聞社 U22/N22 ローンチ記念イベントday2

モロッコからアメリカに向かう飛行機の中、僕は悩んでいた。

会社を辞め、世界一周旅行中の自分にとって、旅行後の仕事は目下の課題だった。

旅行を終えたら、花火工房で働くことは決まっていた。

それとは別に、自分らしいと思える仕事を生み出したかった。

「自分に与えられた環境や、力が存分に活かせる仕事がしたいよね。」

フウロはそう言った。

楮や桑を刈り取り、蒸して皮を剥ぐところから携わる紙作家。

彼女のやっていることはまさに、彼女らしい仕事だった。

そんな仕事をやっているフウロが羨ましかった。

僕にもそんな、天職と呼べるような仕事があるのだろうか。

そんなことを思いながら、僕は馴染みのメモ帳を広げて、プレゼンの構成を考えていた。

毎年やっている大学の特別講義の資料の準備だった。

4年目となる今年の講義は、世界一周という大きな夢を実現して帰国したあとすぐに予定されていた。

夢を実現した今年だからこそ言える講義にしたくて、暇さえあればメモ帳を開き、フウロと議論を重ねた。

サハラ砂漠の砂嵐が吹き荒れる宿で何日も考えてきたが、まだ形にはなっていなかった。

プレゼンの構成を書いたメモは、いつの間にか40枚を超えていた。

書きなぐったメモを眺めながら、ふと思った。

「プレゼンに、なぜここまで没頭できるのだろう。」

 

・・・

 

人前で話すことが嫌いな子供だった。

近所の人に挨拶ができなくて、よく親に叱られたものだ。

自分の伝えたい気持ちをうまく言葉にできない自分が恥ずかしくて、萎縮していた。

でも、頭のなかでは色んなことを考えていたし、色んな人に伝えたいことがあった。

伝えたいことを、伝えられるようになりたくて、いろんな媒体手段に手を出した。

中学の時は小説を書いてみた。小説すばる新人賞や、文藝賞に送ったこともある。

やがて映像に興味を持ち、大学時代には映像作品を100本以上作った。

書くことも撮ることも好きになった。

でも、僕の天職と言えるほどの感覚を持つことはできなかった。

 

・・・

 

41枚目のメモを書き終える。

きっと、僕にとって人前で話すことは、書くことよりも撮ることよりも苦手なことだったはずだ。

でも、それを克服したくて、僕は色んな努力を重ねた。

いつの間にか、僕が一番苦手だったことが、一番得意なことに変わっていた。

成長に向かって、努力を続けられる職業。

天職とはそういうものかもしれないと思った。

しかし、その職業は、それ単体では成り立たないものだった。

話すことは、話す中身があってはじめて成立する。

僕が28年間生きてきて、人生最大の夢を叶えることで見つけた考え。

それを資料とプレゼンに詰め込んでいった。

 

・・・

 

そして、帰国後、母校で講義を行った。

3ヶ月かけて仕上げた90分間の講義には、今までにない手応えがあった。

先生をはじめ、多くの生徒からいい反響をもらった。

僕の講義がプレゼンだけでなく、中身についても評価してもらえたということだった。

講義を観に来てくれたフウロが言った。

「これは仕事にできるよ。確信した。」

フウロは続けた。

「案外、すぐに仕事になるんじゃない?」

 

・・・

 

そのすぐは、「3ヶ月後」に訪れた。

色んな縁があって、日本経済新聞が主催するイベントに登壇することになった。

肩書きの無い僕が「キャリアを考える」というテーマで、トークセッションを行う。

キャリアについて考えるイベントで、僕のプレゼンテーターとしてのキャリアは始まるのだ。

僕の新しいキャリアの第一歩は、ぐだぐだかも、ばたばたかもしれない。

その姿を含めて、みんなの気づきの一歩になれたら嬉しいなと思う。

 

  • 日程 : 3月14日(木)18:00〜
  • 対象 : 学生・社会人
  • 定員 : 70名(先着)
  • 参加 : 無料

詳細はこちらから

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