#3 life⇆work essay あの日の僕が遊んでいる

サンゴ礁が隆起して出来たというその島国は、一日で島を一周できてしまうほど小さく、石灰分で育つ食物はパパイヤとヤシの実しかなかった。

ヤシ林の下には、もうすぐ貝のお家を卒業しようとしているヤシガニの子供と、にほんでは見たことのない小さなトカゲがそこら中を闊歩している。

ここだったのかもしれない。

世界一周の最後に訪れたその小さな島で、僕は小さな頃に見た夢を思い出していた。


それは、僕が南国に憧れるきっかけとなった夢だった。

夢の中では、小学三年生くらいの僕が、木漏れ日の美しいジャングルにいた。

手彫りで作られたような洞窟には蔦が生い茂り、ジャングルと同じようにどこからか光が差し込んでいて明るかった。

僕は少し心細い気持ちを抱きながらも、勇気を出してその洞窟を進んでいった。

洞窟を抜けるとそこには突然、目の前には絵の具を溶いたような真っ青な空と、目を細めたくなるほど眩しい砂浜が広がっていた。

高揚感を抑えきれず、僕は走ってその海に飛び込み、大きなカニを捕まえる。

そこで唐突に夢の記憶は途絶えてしまうが、僕はその夢を見てからというものの、浮かされたように海が好きになり、同時にその南国を求めるようになった。


僕にとってその空と砂浜と海は、高揚感を具現化したものだったのかもしれない。

それを見つければ幸せな気持ちになれる。そう信じて、生ぬるい風が吹き抜ける夏が差し掛かるたびに、心は浮き立った。

夢を見てから20年あまり過ぎて、僕はあの夢の場所に立っていた。

見える景色はあのとき描いた南国そのものだった。

砂浜ではなく珊瑚だったし、僕はもう子供ではなかったし、高揚というよりも、しっとりと静かな気持ちを携えていたけれど。

「ここはあの場所に違いない」

その気持ちには疑いはなかった。

ひょっとしたら僕はここに訪れるために、この景色を見るために、あの夢を見たのかもしれない。

きっとそうに違いないと、少しだけ詩的な気持ちになって、崖から一面に広がる海を眺めた。

遠くであの日の僕が遊んでいた。

2021.7.13

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